えいごコラム(52)
Can’t? Cannot?
中学校で先生をしている卒業生から、助動詞 can の否定形には cannot を用いるが、can not と分けて書くのは誤りなのか、と質問が来ました。can の否定形には can’t もありますよね。これらはどう使い分けるんでしょうか。
ODEで cannot を引くと、次のように書かれています。
Both the one-word form cannot and the two-word form can not are acceptable, but cannot is far more common in all contexts; on the Oxford English Corpus, there are only around 400 citations for can not and over 6,000 for cannot.
これで見ると、cannot と can not はどちらも使えるが、使用頻度は cannot の方がはるかに高い、とされています。オックスフォードのコーパス(言語データベース)では、can not の用例が4百前後にすぎないのに対して cannot は6千以上あるそうです。
さらに ODE は、can not の使用が推奨されるのは、not が何らかの成句の一部である場合、たとえば次のような文においてだと述べます。
Paul can not only sing well, but also paints brilliantly.
(ポールは歌がうまいだけでなく、絵を描くのも上手だ。)
この文では not が “not only . . . but also ~”(. . . だけでなく~も)という成句に組み込まれているため、not を独立させることが望ましいのです。
そうか、じゃあ can not も使っていいんだ、とお思いでしょう。ところがコウビルドにはこう書いてあります。
The negative form of can is cannot or can’t. Cannot is never written ‘can not’.
コウビルドは、can の否定形は cannot か can’t であって、can not はけっしてあり得ないとしています。このように、この問題は主要な英語辞典においてさえ見解が分かれるものなのです。
では、cannot と can’t はどう使い分けるのでしょうか。これについては手元の英語辞典にはっきりした説明がなかったので、ネット資料を参照することにしました。
“English Language & Usage” というサイトでは、can’t は口語的だが、たいていの状況で can not や cannot と同じように使えると書いてあります(つまり can not もありということです)。しかし「WH疑問文」の場合は別だとして、次のような例文を挙げています。
Why can’t I have some bacon? //OK
Why cannot I have some bacon? //not OK, archaic
Why can I not have some bacon? //OK again, although formal
上のように、“Why can’t I . . . ?” という形は普通ですが、“Why cannot I . . . ?” とは言えません。それに対して “Why can I not . . . ?” は、やや堅い言い方ですが、OK なのです。
これは「Yes / No 疑問文」についても同様です。“Can’t she swim?” とは聞けますが、“Cannot she swim?” はありません。その一方 “Can she not swim?” ならあり得ます。つまり疑問文においては、使われるのはむしろ can not で、cannot ではないということになります。
・・・ややこしいですねぇ。考えてみれば、助動詞と not が短縮形をとらずに結びつく形は cannot の他にありません。can not とcan’t だけにしといてくれれば悩まずにすむのに、なぜ can にだけ cannot という否定形があるのでしょうか。
ひょっとしたらそれは、can’t という短縮形が「不完全」であることと関係あるのかもしれません。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』には次のような表記が見られます。チェシャ猫のセリフからの引用です。
“Oh, you ca’n’t help that,” said the Cat: “we’re all mad here. I’m mad. You’re mad.”
ca’n’t って・・・?以前のコラムに書きましたが、アポストロフィは「文字の省略」を示す記号です。could not を couldn’t とする場合、省略されているのは not の o だけです。しかし can not を can’t とする場合は、厳密にいえば can の n と not の o が省略されています。したがって、省略部分にそれぞれアポストロフィを補って ca’n’t とするのが「正式」ということになります。キャロルはそのように主張し、自分の作品に好んで ca’n’t を用いたのです。
空想にすぎませんが、キャロルのような几帳面(?)な人が、文法的に「不正確」な can’t という形を嫌い、省略のない形を好んで使ったことが、cannot の起源なのかもしれません。
ここまで来ると、何が「正しい」とか「間違っている」とか考えること自体があほらしくなってきますね。われわれ英語学習者が can not と分けて書くぐらいは大目に見てもらおうじゃないですか。
(N. Hishida)
【引用文献】
“When to use ‘cannot’ versus ‘can’t’?” English Language & Usage. 1 July 2014.
(http://english.stackexchange.com/questions/78935/when-to-use-cannot-versus-cant)