えいごコラムR(10)Tom’s Diner の時制

アメリカの歌手スザンヌ・ヴェガの “Tom’s Diner”(トムの軽食堂)という歌があります。とある朝、軽食堂の一角でコーヒーをすすっている人物の視点を通して、できごとの多くが現在形や現在進行形で語られます。

第1連について、なぜ現在進行形のところと現在形のところがあるのか、と思ったことからこの歌詞の「時制」の使い方に興味を引かれました。下に第1連を引用します。

I am sitting in the morning
At the diner on the corner
I am waiting at the counter
For the man to pour the coffee
And he fills it only halfway
And before I even argue
He is looking out the window
At somebody coming in

この連は主に現在進行形の文で構成されています。しかし5行目の “And he fills it only halfway” と6行目の “And before I even argue” は現在形(単純現在)です。

一般に walk, eat, study などの「動作動詞」は進行形にしますが、 like, know, belong などの「状態動詞」は進行形にしません。しかし fill は「(器など)を満たす」という動作動詞で、 “They were filling up a mug of beer from a keg.”(彼らはたるからジョッキにビールを注いでいた)のように進行形でも使います。なぜ上では進行形になっていないのでしょうか。

進行形が表すのは原則として「終わりの見えない行為の継続」です。1行目の “I am sitting ” や3行目の “I am waiting” では「(軽食堂に)腰をおろしている」、「(コーヒーを)待っている」という行為がいつ、どう終わるかは示されません。一方 “he fills it only halfway” ではコーヒーを半分注いだところで行為が終わっているわけで、その「終わり方」が伝えたい点なのです。

こういう「終わった行為」は小説などでは過去形(単純過去)で記しますが、 “Tom’s Diner” は主人公の体験を今ここで起きていることであるように感じさせるため、基本的に現在時制で語っています。そのため過去形の代わりに現在形が使われているのです。

“before I even argue” も同じように考えられます。コーヒーが半分しか注がれなかったので主人公は文句を言おうとしますが、ウェイターが他の客に目を向けるので言わずじまいになってしまいます。いわばこれは「始まる前に終わった行為」なのです。

続いて第3連に注目しましょう。前半のみ引用します。

I open up the paper
There’s a story of an actor
Who had died while he was drinking
It was no one I had heard of

最初の “I open up the paper” はここまでの現在形と同様です。新聞を開くという行為は開いてしまえば終わるのであって、継続されることはふつうありません。その新聞にある俳優についての記事(story)が載っているのもわかります。

問題は次の “Who had died while he was drinking” 、つまりその俳優が「酒を飲んでいるときに死んだ」という部分です。なぜここが過去完了形になっているのでしょうか。

続く “It was no one I had heard of” でも “It was” が過去、 “I had heard” が過去完了と2つの時制が使い分けられています。歌詞全体が現在時制で語られる中で、手にしている新聞の記事を読んだという(おそらく)数秒前の行為を過去形で述べ、それよりさらに過去のことがら(聞いたことがない)を過去完了で述べているのだと考えられます。3行目の “Who had died” も、記事を読んだのが過去の行為だという意識があるため、俳優の死はさらに過去のできごととして過去完了形で語られているのでしょう。

“Tom’s Diner” がシンプルにみえる語りの中で複雑な時制表現を駆使していることが見えてきます。歌は聴き手の意識を時制に引きつけたまま最終連になだれこみます。

Oh, this rain, it will continue
Through the morning as I’m listening
To the bells of the cathedral
I am thinking of your voice
And of the midnight picnic once upon a time
Before the rain began . . .

最終連1行目で雨が降っていることが示され、さらに未来形(単純未来)で午前中いっぱい降り続くだろうと予想されます。 “To the bells of the cathedral” でいったん文が切れ、その後なんの脈絡もなく “I am thinking of your voice” が来ます。ここも現在進行形がポイントです。進行形は「行為の継続」です。主人公は(たぶん歌が始まったときから)ずっと「あなた」のことを考えているのです。

5行目の “And of the midnight picnic once upon a time” ですが、 once upon a time についてコリンズ英語辞典は次のように説明しています。

Once upon a time is used to indicate that something happened or existed a long time ago or in an imaginary world. It is often used at the beginning of children’s stories.

これはおとぎ話の「むかし、むかし」に相当する表現で、遠い過去、もしくは空想上の世界のできごとを述べるものです。6行目の “Before the rain began” の the rain は今降っているこの雨でしょう。雨が降り始める前、おそらく昨晩、主人公は「あなた」と “the midnight picnic” つまり真夜中のデートをし、そこで何か決定的なことがあったのだと思われます。全体を現在時制で語りながら数秒前のことを過去形にするそこまでの叙述と、 once upon a time という表現によって、主人公が「あなた」とのデートをすでにずっと遠い過去、もしくは空想上のできごとのように感じていることが表現されているのです。

“Tom’s Diner” は単純未来、単純現在、現在進行形、現在完了、単純過去、過去進行形、過去完了が用いられた時制のデパートのような作品です。つぶさに見ていくと、それぞれの時制が主人公の心情を表すのに重要なはたらきをしていることがわかります。さらに、時間の流れや前後関係を示すことにとことんこだわり、それが人の意識や感情を表現するのに欠かせないと感じる、英語話者のほとんど偏執狂的な姿勢が見えてくるように思います。

(N. Hishida)

【引用文献】
“Definition of ‘once upon a time’.” Collins English Dictionary.
https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/once-upon-a-time. 参照2023.05.07.
※ “Tom’s Diner” の歌詞はインターネットから引用しました。