えいごコラムR (6):ミニマリストの意味

ミニマリスト(minimalist)という言葉があります。このごろでは必要最小限のもので生活するライフスタイルを実践している人のことをこう言うようです。

うちの息子(いつの間にやら大学生です)がこの語を見て「“最小”には minimum と minimal の二つの表現があるけど、 minimalist はあるのに minimumist は聞かないよね。何で?」と聞いてきました。あいかわらず妙なことに気のつく奴です。誰に似たのやら。

minimum は名詞と形容詞で使いますが、 minimal は原則として形容詞でしか使われません。そのためちょっと比較しにくいですが、ODE(Oxford Dictionary of English)にはそれぞれ次のような語義が出ています。

minimum [noun]

the least or smallest amount or quantity possible, attainable, or required:

minimal [adjective]

of a minimum amount, quantity, or degree; negligible:

同じように見えますが、 minimum の方に “possible, attainable, or required” という但し書きがついているのに注目して下さい。 minimum とは「可能な、達成できる、あるいは要求される」最小の数値または数量なのです。たとえば minimum age なら何かをすることが可能になる「最少年齢」、 minimum requirement なら求人への応募などに要求される「最低条件」です。

つまり minimum とは、何らかの条件を設定した上で、その条件の範囲内での「最小」について述べる表現なのです。

それに対して minimal には negligible という添え書きがあります。これは「無視できるほどの」という意味です。 minimal amount of information なら「情報が少なすぎて無いも同然」です。

GRAMMARISTというサイトは minimal のこのニュアンスについて次のように述べています。

However, minimal may also mean a small or negligible amount, not necessarily the very least amount possible. This means that the word minimal may often be substituted for the word minimum, but the reverse is not always true.

minimalは必ずしも本当に最も小さい数値・数量を表すわけではなく、小さくて取るに足りない数値・数量を表すと指摘されています。そのため minimum は minimalで置きかえることができますが、その逆は可能とはかぎりません。 minimal は、客観的な数値の小ささよりはむしろ「少なすぎる/問題にするまでもない」という話し手の心情を強調する語なのです。

minimum と minimal の違いをよく示すのが「最低賃金」です。最低賃金は法律で定められた範囲での最低なので、ふつう minimum wage です。しかし minimal wage という言い方もあるのです。2020年9月にロイターは、 minimum wage を設定しようという EU (欧州連合)の試みについて “EU executive to propose framework for minimal wage in EU” と題する記事を配信しました。その中で欧州委員会委員長フォン・デア・ライエンの次のような発言が紹介されています。

Dumping wages destroys the dignity of work, penalises the entrepreneur who pays decent wages and distorts fair competition in the Single Market.

彼女はここで、賃金の不当な引き下げは労働の尊厳を損ない、まともな給料を払う経営者を不利な立場に追いやり、競争の公平性を歪めると主張しています。 minimal wage とはこうした「少なすぎる」賃金のことであり、EUはそれを minimum wage の枠組をはめることで規制しようとしたのです。

ここまで見てきたように、 minimum が客観的な概念であるのに対して、 minimal は主観的な、しかもどちらかといえばネガティブなイメージを伴います。なぜ必要最小限のもので生活しようとする人々は、自分たちをこの語を使って呼ぶのでしょうか。

minimalist の語源をちょっと調べてみましょう。 ODE には次のように記されています。

early 20th cent.: first used with reference to the Russian Mensheviks

この語は、20世紀はじめ、ロシア革命のメンシェビキを指すのに使われたのが最初です。メンシェビキはブルジョア層と協力して変革を最小限にとどめようとした穏健派で、「最小限綱領派」すなわち minimalist と呼ばれました(ロシア語ではミニマリスキーで、ほぼ同じです)。少数派であるメンシェビキの人々をおとしめるため、ネガティブなイメージをもつ minimal がことさら呼称に使われたのかもしれません。その名称が芸術様式としてのミニマリズムや、最小限の持ちもので暮らすミニマリストに影響を与えているのです。

このように minimalist はやや複雑な背景をもつ表現です。しかしながら、 minimal が世間の枠組を破って自分のやり方で何かを減らした結果としての「最小」という意味をもつことを考えれば、この名は現代のミニマリストにこそふさわしいのかもしれません。

(N. Hishida)

 

【引用文献】

Strupczewski, Jan and Marine Strauss. “EU executive to propose framework for minimal wage in EU.” REURERS, 2020.9.16.

URL: https://jp.reuters.com/article/us-eu-commission-wages-idINKBN2670ZQ

“Minimum vs minimal.” GRAMMARIST.

URL: https://grammarist.com/usage/minimum-vs-minimal/, 参照2023.1.4.