えいごコラム(64)
歩いて10分(1)
「歩いて10分」って英語でなんて言うと思いますか。私の持っている辞書には次のような例文が出ています。
(1) It was a ten minute walk. (歩いて10分でした。)
(2) Ten minutes’ brisk walk took us to the place. (急ぎ足10分でその場所へ着いた。)
「あれ?」と思いませんか。 (1) では minute に複数の s がついておらず、単数形になっています。それに対して(2) では minutes の後に所有格のアポストロフィが来ているので、こちらは複数形です。なぜ同じ「10分」なのに minute が単数形になったり複数形になったりするんでしょう。
名詞が他の名詞の前について「形容詞的」に使われる場合、可算名詞であっても複数にしないというルールがあります。たとえば「美しい桜の花」は “beautiful cherry blossoms” です。cherry は名詞ですが、この場合は beautiful と同じく、blossom という名詞を修飾する形容詞として機能していると見なされます。そのため、blossom は複数になりますが、cherry を複数にすることはできません。 (1) の例文はそのルールを適用して、名詞 walk を修飾する minute を単数形にしているのです。
一方(2) では、minutes’ は所有格として名詞 walk と結びついています。この場合は上のルールが適用されないため複数形となります。ネイティブの先生に聞いてみたところ、 “ a ten minute walk” と “ten minutes’ walk” はほぼ同じ感覚で使われるとのことでした。
このように、英語の名詞を単数にするか複数にするかということは、ときにはけっこう微妙な問題です。「1つや1人なら単数、2つ以上や2人以上なら複数」という規則はいっけん単純なように思われます。しかし、たとえば1以上で2未満だったらどうでしょう。
Iceland is rising by 1.4 inches a year as its glaciers melt from climate change.
(アイスランドは気候変動のために氷河が溶けるにつれ毎年1.4インチ上昇している。)
この例文に示されているように、1より大きければ1.01でも複数なのです。では1より小さければ単数なのでしょうか。
It’s certainly possible to make a mercury thermometer that can be read to 0.1 degree Celsius.
(0.1℃の温度差まで読みとれる水銀温度計を作ることは間違いなく可能だ。)
In 1990, it looks like the global average temperature is about 0.1 degrees Celsius above normal.
(1990年には、年平均気温が通常より約0.1℃高いようである。)
いずれも英語圏のネットの文書からとった例文です。上のように、同じ「0.1℃」でも degree(度)が単数になったり複数になったりします。日常表現では1未満の少数でも複数にすることが多いのですが、表記の厳密さが求められる論文などでは単数で記すことがあるようです。
では、ゼロはどうでしょうか。
Water freezes at zero degrees centigrade. (水は0℃で凍る。)
・・・ゼロって「複数」だったんですね。
きりがないので例文は出しませんが、マイナス1は単数、マイナス0.1やマイナス1.01は複数となります。確実に単数になるのは「1」だけで、それ以外の数値に続く可算名詞はすべて複数と覚えておいた方がいいようです。
ここまでは、実際の数値を単数にするか複数にするかということなので、まだ対応のしようがあります。でも、実際には存在しないもの、あるいは存在するかしないか分からないものが単数か複数かと問われたら、いったいどうしますか?
(3) He has no brothers and sisters. (彼はひとりっ子だ。)
(4) He has no father. (彼には父親がいない。)
(3) では「いない」はずの兄弟姉妹が複数になっています。これは、兄弟姉妹がいる人は複数いることが多いというか、その方がイメージしやすいからです。それに対して(4) では、「いない」父親は単数です。これはむろん、父親が2人以上いる状況をイメージしにくいからです。この場合 “He has no fathers.” とすることはまずありません。
さらにやっかいなのが、実在するかしないか分からない場合、つまり「~はあるか」と問う表現です。これについては次回に考えてみましょう。
(N. Hishida)