えいごコラムR (13) チャレンジングな現在分詞

2023年12月7日の毎日新聞に、日銀の植田和男総裁が金融政策運営について「年末から来年にかけて一段とチャレンジング(挑戦的)な状況になると思っている」と答弁した、という記事が載りました。

金融市場では「日銀が金融政策を正常化させるサイン」と受け止められ、マイナス金利解除が行われるのではないかという観測が出たのだそうです。同じ日のニュース番組の解説者も「日銀はチャレンジするのか」と述べていました。

しかしこの「チャレンジング」は、日銀が何かに挑戦するという意味で使われているわけではありません。コウビルド英語辞典で challenging を引くと次のように記されています。

A challenging task or job requires great effort and determination if you are going to succeed at it.

このように challenging な task とは、達成するのに多大な努力や決断力を要する困難な課題のことです。Aという人にとってBという状況が challenging である場合、挑戦するのはAではありません。AがBに挑戦されているのです。

たとえば “a challenging school” という表現があります。これは、新たな教育法に挑戦している先進的な学校のことではありません。日本語に置きかえれば「教育困難校」です。学力低下や校内暴力などさまざまな問題があり、教育関係者が困難に直面している状況を示す表現なのです。

英語では他動詞に -ing をつけた「現在分詞」を一種の形容詞として使うことがありますが、日本語話者はその解釈にしばしば迷うようです。典型的なのは surprising でしょう。次の文はどういう意味だと思いますか。

Susan is surprising.

学生にきくと「スーザンは驚いている」だと答えることがあります。しかし surprise は「(人)を驚かす」という意味の他動詞です。上の文は直訳すれば「スーザンは人を驚かしている」、つまり「スーザンは驚くべき人だ」ということです。

こうした思い違いが生じるのは、おそらく、日本語が動作の「主体」と「客体」をあまり意識しない言語だからでしょう。たとえば “Seen from a distance, the rock looks like an elephant.” という文はふつう「遠くから見ると、その岩は象のように見える」と訳します。しかしこの場合「人」が岩を「見て」いるわけですから、岩は「見られる」立場で、 see という他動詞が表す動作の「客体」です。だから過去分詞 seen を使った受動表現を作るのです。

このように英語では、分詞を使ってあるものごとについて述べる際は、そのものごとが動作の主体なら現在分詞、客体なら過去分詞を用います。ところが日本語はそのような「主体-客体」の関係に頓着せず、 Seen を「見ると」と能動のように訳してしまいます。これを「遠くから見られると」と書くとむしろ違和感があることにお気づきでしょう。

英語検定などで、上のような「分詞構文」について現在分詞と過去分詞を判定させる問題がよく出ますが、これも「主体-客体」関係を意識すれば簡単に解答できます。次の (1) (2) の問題を見て下さい。どちらも下記の『参考書』から引いたものです。

(1) (    ) nothing better to do, I read the paper over again.

① Has ② Had ③ Have ④ Having

(2) The car (    ), Mary went on to trim the shrubs.

① washing ② washes ③ wash ④ washed

(1) でまず考えないといけないのは、分詞が使われる前半部分(「副詞句」といいます)の「意味上の主語」は、後半部分(「主文」です)の主語と一致するということです。この文では I です。 I は動詞 have が表す動作の主体だと考えられるので、用いるのは現在分詞の having です。したがって④が正解となります。文の意味を考える必要はありません。

(2) では意味上の主語 The car がすでに示されています。これは wash という動作の客体のはずですから、用いるのは過去分詞です。こちらも正解は④です。

べつに試験問題を解くコツの話をしようとしているわけではなく、今回お伝えしたいのは、英語がある行為についてその主体と客体、つまり「誰が、誰に、何をしたのか」を徹底的に明らかにしようとする言語だということです。現在分詞と過去分詞はそれを記述するためのシステムであり、厳密には日本語に存在しないものです。いかなる行為についてもその主体、すなわち責任の所在を明確にしようとする英語圏文化の特質がこうしたところにも顕れています。

日本の金融政策についても、最大の問題はその「主体」がどこにあるのかさっぱり明らかにならないことだと感じるのは私だけなんですかねえ。留学中の学生たちは円安でヒーヒー言ってるし、まだまだチャレンジングな状況が続きそうです。

(N. Hishida)

 

【引用文献】

「日銀総裁『年末から挑戦的な状況になる』 金融緩和策の “出口” 意識」,『毎日新聞』2023.12.07.

協同教育研究会『東京都の英語科参考書 (2025年度版) (東京都の教員採用試験「参考書」シリーズ) 』」,協同出版,2023.