えいごコラムR (5):ファウルゾーンの広さと英文解釈

去年の11月、プロ野球の日本ハムファイターズが北海道に建設中の新球場が公認野球規則に合致していないことが指摘され、物議を醸しました。『THE DIGEST』の記事によると、ホームベースからバックネット側へのファウルゾーンの広さが規定を満たしていないことが判明したとのことです。この問題に英語の解釈がからんでいるようなのでとり上げることにしました。

日本の野球規則では、ホームベースからバックネットまでの距離は「60フィート(18・288m)以上を必要」とすると書かれています。日本ハムの新球場はこれが15mしかなかったため問題となったわけです、しかしこの野球規則はもともとアメリカの公式規則 Official Baseball Rules を和訳したもので、原文では該当する条文は次のようになっているそうです。

It is recommended that the distance from home base to the backstop, and from the base lines to the nearest fence, stand or other obstruction on foul territory shall be 60 feet or more.

『THE DIGEST』の記事は、この冒頭が “It is recommended” であることに注目します。 recommendは「~を推奨する」という動詞なので、記事の筆者は、この条文はベースからフェンスまでの距離を60フィート以上にすることを「推奨する」という意味であって、日本の規則でそれが「必要」だとしているのは「“誤訳”とも考えられなくもない」と指摘するのです。

しかしこれは本当に“誤訳”なのでしょうか。

提案や要求をする英文の that 節では、主節の時制や that 節の主語に関わりなく原形の動詞が使われます(イギリス英語では「 should +原形」になることもあります)。これを「仮定法現在」と呼びます。次の文を見て下さい。

They suggested that she stay home for a while.

(彼らは彼女にしばらく家から出ないよう勧めた。)

主節の動詞は suggested なので過去時制です。しかし that 節の動詞は stayed ではなく原形のstay です。

ところが上の条文では末尾が “shall be 60 feet or more” となっています。 “It is recommended” という提案を表す文の that 節に、仮定法現在ではなく shall が使われているのです。

こんなことにツッコミを入れるのは私ぐらいだろうと思っていたら、『 hellog ~英語史ブログ』というサイトで同じことを指摘している人がいました(ちょっと悔しい‥‥)。

現在 shall は “Shall I help you?” (お手伝いしましょうか)のような疑問文以外ではあまり使いませんが、本来どういう意味なんでしょう。同じく意志・未来の助動詞である will とはどう違うのでしょうか。

「 will は人の意志、 shall は神の意志」という言い方があります。アメリカ軍の司令官ダグラス・マッカーサーは、日本軍の攻撃を受けてフィリピンから脱出したとき “I shall return.” と口にしました。これは彼自身の「私は必ず戻ってくる」という“意志”を示しているのではなく、「神のご加護により、私は必ず戻ることになるであろう」という“確信”を表しているのです。このように shall はあることが「当然実現されるべき」だという話し手・書き手の思いを反映します。

では、 shall が “It is recommended” の that 節で使われることはあるでしょうか。ネットで検索したら、中国青海省への旅行に関するサイトで次のような記述を見つけました。

It is recommended that you shall prepare some warm cloth and normal cloth to adapt to the weather. At the same time, it is also necessary to prepare some sunscreen umbrellas and sunscreen;

まず、チベット高原の気候の変化に対応できる衣類を用意するよう勧めています。そこに “It is recommended that you shall” という表現が用いられています。注目すべきは、その後に “it is also necessary” という表現で「日傘や日焼け止めの用意も必要だ」と述べていることです。つまりこれを書いた人は、さまざまな衣類の用意は実際には「必要」だと考えているのです。

おそらく、 “It is recommended” の後の that 節に shall を使う表現は、そこで「勧めて」いることは実際は「必要」だと書き手が考えていることを意味している、すなわち「どうしてもとは言わないけど、実際には必要だからね。そうしないならどうなっても知らないよ」というニュアンスの表現なのでしょう。そう考えれば日本の野球規則の「必要」という訳は少なくとも誤訳ではないことになります。

まあ、ホームに近いバックネット裏からの観戦は野球観戦の醍醐味だし、安全性への配慮がされているなら、球団側に任せてもいいような気がしますがね‥‥。

(N. Hishida)

 

【引用文献】

堀田隆一,「#4945. なぜ推奨を表わす動詞の that 節中で shall?」,『 hellog ~英語史ブログ』,2022.11.10.

URL: http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2022-11-10-1.html

THE DIGEST編集部,「物議を醸す日本ハム新球場『ファウルゾーンの広さ』問題。事の発端は野球規則の“解釈”にあった?」,『THE DIGEST』,2022.11.08.

URL: https://thedigestweb.com/baseball/detail/id=61820

“ChinaVis 2022 Venue and Map.” URL: https://chinavis.org/2022/english/venue_en.html,参照2022.12.14.