【えいごコラム61】 ちょっとリッチ

 

えいごコラム(61)

 

ちょっとリッチ

 

久しぶりに「ハリー・ポッター」シリーズの第2作、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』を読んでいたら、ちょっと面白い表現に行き当たりました。今回はそれを紹介しましょう。

 

作品の第3章で、ハリーは、彼をホグワーツ魔法学校へ戻らせまいとする叔父によって2階の寝室に閉じ込められています。そこへロンが、父のウィーズリー氏が考案した「空飛ぶ車」で助けに来ます。ハリーは最近、校外で魔法を使ったとして魔法省から警告を受けたのですが、ロンは魔法省に勤めている父を通してそのことを耳にしています。その件に関する2人のやり取りを次に引用します。

 

‘He works for the Ministry,’ said Ron. ‘You know we’re not supposed to do spells outside school—’

‘Bit rich coming from you,’ said Harry, staring at the floating car. (p.24)

 

ロンは、ホグワーツの生徒は校外で魔法を使ってはならない、という規則に言及します。ハリーはそれに、窓の外に浮かんでいる魔法の車を見ながら、 “Bit rich coming from you” と返しています。

 

このハリーのセリフはどういう意味でしょう。 rich は「裕福な」ということですが、何がリッチなんでしょうか。コウビルドは rich のこの用法について次のように説明しています。

 

If you say that something a person says or does is rich, you are making fun of it because you think it is a surprising and inappropriate thing for them to say or do.

 

これによると、誰かの発言について “rich”  だというのは、それを不適切な発言としてからかう表現だとのことです。次のような例文が示されています。

 

Gil says that women can’t keep secrets. That’s rich, coming from him, the professional sneak.

(ギルは、女は秘密を守れないという。常習的な告げ口屋の彼からこんなことを聞かされるとはお笑いだ。)

 

普通の英和辞典でも rich を冗談などが「面白い」という意味で使うというのは出ていると思います。 “rich coming from ~” というのは、「~がそんなことを言うとは面白い」、つまり「自分のことを棚に上げてなに言ってんだ」という表現なわけです。

 

・・・ハリーがこう言いたくなるのも無理ないですよね。

 

第12章でハリーとロンは、敵対しているマルフォイから秘密を聞き出すために、ハーマイオニーの調合した魔法薬で手下のクラッブとゴイルに化けてマルフォイに近づこうとしています。彼らはそのために本物のクラッブとゴイルに睡眠薬の入ったケーキを食べさせようとします。その場面から引用します。

 

‘How thick can you get?’ Ron whispered ecstatically, as Crabbe gleefully pointed out the cakes to Goyle and grabbed them. (p.160)

 

クラッブがケーキに気づいて手を伸ばすのを見て、ロンは “How thick can you get?” とささやきます。 thick  はふつう「厚い」とか「濃い」ということですが、ロンは何が言いたいんでしょうか。

 

この文に近い thick の用例はコウビルドにもODEにも見つかりませんでした。例によってネットの世界に潜ってみます。

 

これまでも使ったことのある Urban Dictionary に、ここに掲載するのは避けますが、人に対する極度の反感を表す俗語が紹介されており、その用例の一部で “How thick can you get?” がののしり言葉として使われていました。それを見て私はやっと合点がいきました。

 

かなり英国風の使い方だと思いますが、thick は「頭が悪い、愚かな」という意味で用いられることがあります。そして「get +形容詞」は「~になる」です。 “How thick can you get?” は直訳すれば「あなたはどれほど愚かになり得るのか」、すなわち「どこまでバカなんだよ」ということになります。

 

「ハリー・ポッター」シリーズを読んでいて、私はしばしば、あれこれ辞書を引いてもなかなか意味が分からないような表現が、生徒どうしの日常会話としてサラッと出てくることに驚きます。ユーモアや皮肉のこもったそれらの表現がキャラクターの感情や個性をいきいきと伝え、物語に奥行きを与えています。まさに「生きた」英語です。

 

ぜひいちど「ハリー・ポッター」を英語で読んでみてください。

(N. Hishida)

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【引用文献】

Rowling, J. K. Harry Potter and the Chamber of Secrets. London: Bloomsbury, 1998.