えいごコラム(56)
質問は2つ
以前にもご紹介した友人のYさんが、ブログで最近のアメリカ旅行の体験をつづっています。その中にとても面白い話があったので、了承を得てここで書かせてもらうことにしました。
アメリカへ向かう飛行機の中の出来事です。コーヒーを頼んだとき、キャビンアテンダントとの間に次のようなやりとりがあったとのことです。Aはアテンダント、Pは乗客(つまりYさん)です。
A: Milk and sugar?
P: Milk, please.
A: Sugar?
P: Milk, please.
A: Sugar?
P: ??
A: Two questions.
何が起こったか分かりますか?乗客がコーヒーを頼んだのに対して、アテンダントが「ミルクと砂糖はいりますか」と尋ねます。乗客が「ミルクをお願いします」と答えると、アテンダントはまた「砂糖はいりますか」と聞いてきます。乗客は、こっちの言ったことが聞き取れなかったのな、と思って、もう一度「ミルクをお願いします」と言います。そうするとアテンダントはさらに「砂糖はいりますか」と繰り返します。とまどう乗客に対して、アテンダントは “Two questions.” つまり「私は2つの質問をしてるんですよ」と述べるのです。
ここに日本語話者と英語話者の本質的な感覚の違いが示されています。日本語話者は「ミルクをお願いします」と言った時点で、自分が「砂糖はいらない」のだということを相手が「察して」くれることを期待します。しかし英語話者はそう思いません。自分は「ミルクはいるか」と「砂糖はいるか」という2つの質問をしているのだから、そのそれぞれに答えてもらわなくてはいけないと考えるのです。
この「察する」ということをめぐる感覚の違いは、しばしば日本語話者が英会話においてつまずく原因のひとつになります。英会話の授業で以下のような話をすることがあります。
「何か飲み物はいかが?」と聞かれた場合、日本語話者はよく次の(1)のようなリアクションをします。Aが英語話者でBが日本語話者と思ってください。
(1) |
A: Would you like something to drink? B: Tea, please. |
Bは「じゃあお茶をお願いします」と言っているわけで、これはごく普通の答えのような気がします。しかしAにとってこれはかなり違和感のある応答です。より適切には下の(2)のようであるべきなのです。
(2) |
A: Would you like something to drink? B: Yes, please. A: Tea or coffee? B: Tea, please. |
このやりとりにも「察する」という問題がからんでいます。(1)で「飲み物は」と聞かれたBは、相手が何か飲み物を出してくれるつもりなのだ、ということを「察し」ます。それだけではなく、こういう場合常識的にはお茶かコーヒーだろ、ということまで「察する」わけです。そして相手の質問を先取りして「じゃあお茶を」と答えるのです。そして同時に、自分が飲み物を欲しいのだということをAが「察して」くれることを期待します。
しかし英語話者はふつうそのように思考を進めません。(2)のように、Aは自分が「飲み物はいるか」と質問したら、まずその質問に対する Yes/No を明確にしてもらわないと話が先へ進まないと考えます。Bが Yes と返答したら、初めて飲み物のオプション、すなわちお茶かコーヒーか、ということを提示します。Bはそこでやっと「お茶をお願いします」と答えることができるわけです。
上述のYさんの事例は、われわれが英語コミュニケーションにおいて直面する問題が、しばしば語彙や文法といったこととはまったく違うところから生じることをよく示しています。われわれ日本語話者は、自分たちがいかに相手の意図を察しつつ、また相手が察してくれることを期待しつつ会話しているかということをふだんほとんど意識しません。そのため英語で会話を始めると、そのような「察し」が突如通用しなくなることに愕然とするはめになるのです。
(N. Hishida)
【参考資料】
「英語はいよいよダメと感じる」,『キカクブ日誌』,2014年8月11日.
(http://blog.goo.ne.jp/travel_diary/e/fafa42d4332c8abb6b29d6a90c404d5f )