えいごコラム Extra
英首相夫人に学ぶエレガントな悪口の言い方
決して褒められることではないが、人間なら誰でも悪口を言いたくなる時がある。そういう時には、都議会議員のように下品な野次を飛ばしてはいけない。レディーなら、あくまでエレガントに、冷静に、それでいて一撃で相手を倒す破壊力のある言葉を使わなくてはならない。レディーの悪口の言い方を、英首相夫人の日記から学んでみよう。
20世紀初頭、英国自由党の首相、ハーバート・アスキス(在職1908~1916)の妻、マーゴット・アスキスの日記が、今年の6月、オックスフォード大学出版から刊行された。その日記の中で、首相夫人は野党保守党議員を次のように罵倒している。
There is no doubt the Tory party just now has little or no real brains and a poor education.
(訳:現在の保守党の議員には、知的な能力がほとんどないか、或いは、全くないかのどちらかで、
ろくな教育を受けていないことは、疑う余地もない。)
脳を意味する “brain” は、複数形になると知的な能力を表す。 “have good brains” で「頭がよい」、 “have no brains” で「頭が悪い」という意味になる。ここで注目したいのは、 “has little or no real brains” という表現である。まず、「知的な能力がほとんどない」と言って、相手を油断させた後、すかさず、「全くない」と、トドメの一言を, ためらうことなくグサリと突き射す。もてあそんでから、トドメを射す方が効果的である。マーゴットは、チャーチルの悪口を言う時にも同様の表現を用いている。
He has not merely bad judgment, but he has none.
(訳:彼の判断力は悪いだけではなく、そもそも彼は判断力というものをもってないのだ。)
“merely” は “only” と同じ意味なので、ここでは、おなじみの構文 “not only ~ but also” 「~であるばかりでなく、~でもある」を使って、悪口をたたみかけ、破壊力を倍増させている。マーゴットにとっては、保守党議員より、チャーチルの方が、許ない相手だったようである。チャーチルとは、もちろん、あのウィンストン・チャールである。夫アスキスが失脚した後、英国首相となり、名声を得たチャーチルに対して、マーゴットは、相当な恨みをもっていたらしい。最後に、マーゴットが自分の夫アスキスについて、何と言っているのか気になるので、見てみよう。
He is by far the ablest, wisest, calmest and cleverest man in England.
(訳:彼は、イギリスで最も有能で、温厚で、賢い人です)
保守党議員やチャーチルを叩きのめしたマーゴットだから、夫について、さぞや猛烈な悪口が聞けるのではないかと思ったら、とんだ期待はずれであった。夫婦仲がよかったとも考えられるが、アスキス首相には、愛人スキャンダルもあったから、妻としては、心中穏やかでいられない時もあったはずである。では仮面夫婦ではないかと詮索したいところだが、ここは、やはり、「自分の夫の悪口は慎むのが、レディーのたしなみ」ということで、おさめておくことにしよう。
(Y. Tezuka)