【えいごコラム47】 ジェットコースター

 

えいごコラム(47)

 

ジェットコースター

 

「ジェットコースター」という言い方は英語にはありません。英語では roller coaster です。 roller は物を動かすための「ころ」や車輪のことなので、 roller coaster  は「車輪のついたコースター」ということになります。じゃあ coaster って何なんでしょう。 coaster  は 「coast +er 」 だと考えられますが、 coast  はふつう「海岸」という意味の名詞ですよね。海岸とジェットコースターに何か関係があるんでしょうか。

 

では、OED を開いて coast  を巡る旅に出かけましょう。

 

coast をOEDで引くと、最初に出てくるのが “The side of the body (of men or animals)” という定義です。つまりこの語の本来の意味は「身体の側面」ということなのです。そこから “The side (of anything)” 、つまり「身体にかぎらず、何かの側面」という意味が派生します。

 

ここからさらに次のような意味が出てきます。

 

Ⅱ. 4. The edge or margin of the land next the sea, the sea-shore.  a. In the full phrase, coast of the sea, SEA-COAST = sea-side. Formerly sometimes land’s coast.

 

この意味での coast  は、 “coast of the sea” つまり「海の側面」と記すのが本来の形だそうです。これが「海岸」という名詞としての coast  の由来なのです。また面白いのは、かつては “land’s coast” という言い方もあったということです。おそらく船で海へ出た人が海岸を見て、それを「陸の側面」としてイメージしたのでしょう。「海岸」としての coast  の用例は14世紀前半からあり、古くからこの意味で使われていたことがうかがえます。

 

しかし coast  は、海岸にかぎらず、あらゆるものの「側面」を表せるわけです。18世紀後半、coast  にこんな使い方があらわれます。

 

Ⅲ. 11. (U.S.andCanada.) A (snow- or ice-covered) slope down which one slides on a sled; the act of so sliding down.

 

このように、橇で滑り降りるための雪や氷におおわれた斜面(つまり「山の側面」)、さらには滑り降りることそのものを coast と呼ぶようになるのです。これはもともとアメリカやカナダのローカルな用法だったようです。

 

このことは動詞としての coast  にも影響を与えます。「海岸」の coast  から派生するのは “To sail by the sea-coast” 、つまり「沿岸を航海する」という意味の動詞です。その動詞に er  がついた coaster  は、 “One who sails along the coast” (沿岸を航海する人)や “A vessel employed in sailing along the coast” (沿岸航海に用いる船)といった意味になります。

 

ところが名詞の coast  が「橇で滑るための雪の斜面」という意味で使われ始めると、動詞の coast  にも “To slide down a snow- or ice-covered slope in a sled” 、つまり「雪や氷でおおわれた斜面を橇で滑り降りる」という意味が加わります。さらにそれに er  がついた coaster は次のようになります。

 

7. U.S.  a. One engaged in the sport of ‘coasting’.  and b. A sledge or toboggan for ‘coasting’.

 

雪の斜面を滑り降りる遊びに興ずる人、あるいはそれに使う橇を coaster と呼ぶようになるわけです。これもアメリカ特有の表現とされています。

 

この意味の coaster  の最も早い例として挙げられているのが、『若草物語』の作者、ルイザ・メイ・オールコットによる『昔気質の少女』(An Old-Fashioned Girl, 1870)の一節です。作品からそこを引用してみましょう。

 

It was cold but still and Polly trotted down the smooth, snow-covered mall humming to herself, and trying not to feel homesick. The coasters were at it with all their might, and she watched them, till her longing to join the fun grew irresistible. (p.42)

 

主人公の少女、ポリーが雪のつもった小道を歩きながら、橇遊びに夢中になっている子どもたちを眺めている様子が描かれています。その子どもたちが coasters なのです。

 

そして、上の定義のすぐ後、7. d. の項に、 “= roller coaster” という記述が見つかります。初出は1910年7月の『サタデー・イブニング・ポスト』誌です。

 

もうお分かりでしょう。 roller coaster  coaster  は「橇」から来ているのです。急勾配のレールを駆け降りるジェットコースターは、雪の急斜面を滑る橇のイメージなんですね。

 

この意味の coaster が使われ始めたのがアメリカであるせいか、英国ではジェットコースターのことをあまり roller coaster  と呼ばない気がします。代わりに “big dipper”“switchback” などの名称があります。dipper  は水に飛び込んで獲物をとらえる鳥の総称で、switchback は曲がりくねった急勾配の道のことです。

 

coast (側面)という言葉からイメージするのが、海岸か、雪の斜面か・・・自然環境が言葉に与える影響というのも面白いもんですねぇ。

(N. Hishida)

 

【引用文献】

Alcott, Louisa May. An Old-Fashioned Girl. 1870. London: Puffin, 1996.