【えいごコラム41】 wellとgood

 

えいごコラム(41)

 

well とgood

 

前回のコラムで、 “I like him very well . . .” という表現はあるにはあるが、その多くは「悪い奴じゃないんだが・・・」というような意味を含むという話をしました。しかし考えてみるとこれは不思議な話です。なぜ very well を用いることで「全面的に肯定してはいない」という意味が生じるのでしょうか。

 

人から何か要求されたり提案されたりしたときに “Very well.” と答えることがありますが、じつはこれも同様の含意をもっています。映画『ハリー・ポッターと秘密の部屋』で、ホグワーツのどこかに隠されているという「秘密の部屋」(the Chamber of Secrets)のことが生徒たちの間で話題になったとき、ハーマイオニーは授業中そのことをマクゴナガル先生に質問します。2人のやりとりを見てみましょう。

 

Hermione: Professor, I was wondering if you could tell us about the Chamber of Secrets.

Prof. McGonagall: [seeing everyone’s faces] Very well.

 

原作の小説から引用してもよかったのですが、原作だと質問されるのは魔法史のビンズ先生で、やりとりももうちょっと込み入っているので映画にしました。とにかく、この場面でマクゴナガル先生は、「秘密の部屋」の件は生徒に説明するようなことではないと思っています。しかし奇妙な事件が相次いで生徒の関心や不安が高まる中、質問を無視するわけにもいきません。そこで「不本意だがやむを得ない」という気持ちをこめて “Very well.” と答えているのです。

 

コウビルドは very well のこの用法について次のように記しています。

 

Very wellis used to say that you agree to do something or you accept someone’s answer, even though you might not be completely satisfied with it.

 

このように very well は、納得はしないながらもとりあえず同意する場合の返答として使われるわけです。日本語なら「まあいいでしょう」という感じじゃないでしょうか。

 

これに対して、形は似ていますが、 very good はかなり異なるニュアンスを含みます。ジーニアスはこれを「 [敬意をこめた同意を表して] かしこまりました」の意だと説明しています。じっさいこれは、召使の主人に対する返事として小説などによく出てくる表現です。たとえば、ウッドハウスの「ジーヴス」シリーズで、ジーヴスが主人のバーティの要求に答える言葉はたいてい “Very good, sir.” です。

 

興味深いことに、ジーヴスはバーティの言うことに納得していない場合も “very well” とは言いません。『比類なきジーヴス』から1ヵ所引用してみましょう。

 

  ‘Not those socks, Jeeves,’ I said, gulping a bit but having a dash at the careless, off-hand sort of tone.  ‘Give me the purple ones.’

   ‘I beg your pardon, sir?’ said Jeeves, coldly.

   ‘Those jolly purple ones.’

   ‘Very good, sir.’

   He lugged them out of the drawer as if he were a vegetarian fishing a caterpillar out of his salad. (p. 78)

 

ジーヴスはバーティの身ごしらえにうるさく、彼の意に反してバーティが悪趣味な衣類を身に着けようとするとひどく気分を害します。この場面でも、バーティから紫色の靴下を出すように言われ、彼は「まるでサラダから青虫をつまみだすように」いやいや靴下をとり出します。しかしこの場合でも、言葉の上ではあくまで “Very good, sir.” です。ジーヴスが “Very well, sir” と言っている場面がないかと思って私はずいぶん探したのですが、少なくとも『比類なきジーヴス』では見つかりませんでした。

 

このように very well very good は明らかに使い方が異なります。この違いはどこから来るのでしょう。感覚的なことしか言えませんが、前回のコラムでも書いたように well は人の「能力・技量・達成」などを評価するのに使われます。そのためこの語には「ちょっと距離をおいた、客観的な評価」というニュアンスがつきまといます。たとえば “She sings well.” “She is a good singer.” は、どちらも「彼女は歌がうまい」という意味で、交換可能だと学校文法では教わります。しかしじつはこの2つが持つ語感はけっこう違います。後者の方がより手放しでほめている感じなのです。

 

いわば「主観的感想」である good が全面的に肯定している感じを伝えやすいのに対し、「客観的評価」の well は、どこか相手を値踏みするような、全面的肯定を留保するような姿勢を表すのだと思います。だからジーヴスは、たとえ本当は納得していなくても、主人に対して “very well” とは言わないのでしょう。

 

・・・いいかげん頭がクラクラしてきました。I don’t feel well . . . いや、good ??

 

(N. Hishida)

 

【引用文献】

“Professor Minerva McGonagall: from Harry Potter and the Chamber of Secrets,”Quotefully.

( http://www.quotefully.com/movie/Harry+Potter+and+the+Chamber+of+Secrets/Professor+Minerva+McGonagall )

Woodhouse, P. G. The Inimitable Jeeves. 1923. London: Penguin, 1999.