【えいごコラム39】 香川選手「誤解」される

 

えいごコラム(39)

 

香川選手「誤解」される

 

マンチェスター・ユナイテッド(マンU)の香川真司選手は、今季、チームの監督がアレックス・ファーガソン氏からデイヴィッド・モイーズ氏に替わって以来、なかなか出場機会が得られずにいます。9月10日の日本代表とガーナ代表の試合でゴールを決めて勝利に貢献したあと、香川選手がインタビューでモイーズ監督への不満を漏らした、という報道が海外でなされました。英紙『ガーディアン』もこの一件を伝えています。

 

“Please ask David Moyes why I’m not in the side,” Kagawa told AFP. “It is frustrating not playing but to score a goal like that gives me confidence. Hopefully I can take that back to my club with me and things will improve. It’s hard not playing regularly.”

 

最初の文の “in the side” ですが、この side は英国的な使い方で、球技の「チーム」のことです。「なぜ私がチームに加われないのかモイーズ監督に訊いて下さい」ということになります。2つ目の文の It  が指すのは “not playing” で、「プレーできないこと」でストレスがたまる、という意味です。 gives の主語にあたるのは “to score a goal like that” で、「今日の試合のようなゴールを決めたこと」が自信につながると述べています。次の文の that  が指すのはその「自信」です。代表戦で得た自信をマンUに持ち帰ることで、ものごとが良い方へ向かうだろう、というわけです。

 

これで見ると、香川選手は監督にかなり不満を抱いていて、代表戦でもこうして成果を挙げたのだからもっと評価すべきだ、と主張しているように思われます。しかしその後、日本のメディアで、海外でのこうした報道は彼の発言に対する「誤解」によるものだ、という論調が相次ぎました。たとえば9月12日の『SOCCER KING』は、「モイーズに訊いてくれ」という香川選手の発言について次のように述べています。

 

しかし、実際は「自分が言うべきことではない」という意図の発言であり、(中略)誤解を生じかねない報道となった。

 

じっさい、上の英文記事から感じとれるような強硬な自己主張は、香川選手の人柄に似合わない気もします。想像にすぎませんが、実際のやりとりはこんな感じだったのではないでしょうか。

 

記者: なぜマンUでの出場機会が減っているのでしょうか。

香川: ・・・それはモイーズ監督に訊いてください。

記者: 試合に出られないことでストレスがたまりますか。

香川: まあそうですね。でも今日の試合で得点を挙げられたことが自信になりました。これをきっかけに

           クラブでも良い方向にいけばいい と思います。

 

面白いのは、翌日の『ガーディアン』で、やはり、香川選手の発言として報道されたことは通訳や解釈の誤りによるものではないか、という記事が掲載されたことです。

 

The problem when the quotes reached the United Kingdom was with the interpretation of the word ‘please’. “Please ask David Moyes” is undoubtedly a pretty accurate, literal translation but, when taken in isolation, there is leeway within the English to see this as a plea or cry for help: For God's sake, please, my loyal friends in the press, go all the way to Manchester for me and ask that horrible new Scotsman why he does not love me so.

 

この筆者は、問題はまず please のもつ意味にあるとしています。われわれも注意しないといけませんが、命令文に please を加えることで、むしろ切迫感が増すことがあるのです。2つ目の文にある “leeway” は「風圧偏位」で、船や飛行機が風によって進路からずれる程度を表す語です。英訳の際に please をつけたため、 “a plea or cry for help” つまり「嘆願または助けを求める叫び」という方向へ意味が「ずれて」解釈された、というわけです。すると香川選手は、意見の表明を控えているのでなく、逆に「自分に代わってモイーズに問いただしてくれ」と報道陣に嘆願していることになってしまいます。

 

筆者は、香川選手の発言はむしろ “You would have to ask David Moyes.” (それについてはモイーズに訊くしかないでしょうね)と訳されるべきだった、と指摘しています。

 

日本人は、難しい問題になるほど意見をはっきり述べるのを避け、できるだけ曖昧で、無難な発言をしようとする傾向があります。しかしそれは、逆にいえば解釈の幅が広がるということで、他言語に置きかえられたとき自分が思いもよらないような趣旨に解釈されることもあるわけです。

 

国際的な場で活躍する人は、自分の言葉が英訳されたときどういう意味にとられるか、ということまでいちいち考えて話さなきゃならないんですね・・・。

(N. Hishida)

 

【引用文献】

Jackson, Jamie. “Manchester United’s Shinji Kagawa frustrated by David Moyes’ stance.” The   Guardian 10 Sept. 2013.

Mabley, Ben. “Manchester United star Shinji Kagawa’s quotes are lost in translation.” The Guardian   13 Sept. 2013.

「英メディアが香川の発言を曲解か・・・マンU監督に不満と報じる」、『SOCCER KING』2013年9月12日