【えいごコラム35】 「 No 」と「いいえ」

 

えいごコラム(35)

 

「 No 」と「いいえ」

 

日本の英語学習者が引っかかりやすい点のひとつとして、「否定疑問文」への答え方が挙げられることがあります。これは主として、日本語の「はい/いいえ」と英語の「 Yes / No 」の用法の違いから来ています。たとえば次の会話を見てください。

 

A:  Didn’t you set the alarm clock? (目覚まし時計をセットしなかったのですか。)

B:  No, I didn’t. (はい、セットしませんでした)/Yes, I did. (いいえ、セットしました。)

 

日本語なら「はい」と答える場合に英語では「 No 」、「いいえ」と答える場合に「 Yes 」となっています。なぜこうなるのでしょうか。

 

日本語の「はい」は、相手の発言の内容が何であれ、その発言を承認するときに使う表現です。承認しないなら「いいえ」です。しかし英語で「 Yes 」か「 No 」かは、相手の発言を承認するかどうかでなく、自分の述べることが肯定文であるか否定文であるかによって決まります。そのため、相手が否定文で「~しなかったのですか」と質問してきた場合、そのとおり「しなかった」なら「 No 」と答えることになるわけです。

 

こういった否定疑問文の答え方はわりとよく話に出ますが、では「否定命令文」についてはどうでしょう。考えたことがありますか?これは案外実例にお目にかかる機会が少ないんですが、このあいだいい例を見つけたので紹介します。

 

前にBBCの『シャーロック』というドラマを紹介しましたが、Yさんという私の友人が、ブログでその脚本の翻訳に取り組んでいます。よく読ませてもらっていますが、同好の士からのコメントもいろいろ寄せられてたいへん面白いです。以前そこで、第2シリーズ第1話「ベルグレービアの醜聞」のある対話が話題になったことがありました。クリスマスにシャーロックとジョンの下宿に友人たちが集まっている場面で、遺体安置所に勤める法医学者のモリーという女性と、シャーロックとのやりとりです。

 

Molly:  How’s the hip?

Mrs. Hudson:  Ooh, it’s atrocious, but thanks for asking.

Molly:  I’ve seen much worse, but then I do post-mortems. . . Oh, God. Sorry.

Sherlock:  Don’t make jokes, Molly.

Molly:  No. Sorry.

 

“post-mortem” は「検死」のことです。これ以上説明しませんが、ハドソン夫人の腰の具合を尋ねたモリーは、それにからめた冗談を言おうとして「すべって」しまうのです。シャーロックが「モリー、冗談はやめとけよ」とたしなめます。

 

モリーはそれに “No. Sorry.” と答えます。話題になったのはここの解釈です。モリーは何について “No” と言ったのか、「冗談を言ったつもりはない」と否定しているのだろうか、と議論になったわけです。

 

私もつい口を挟みたくなって、コメントを投稿させてもらいました。それがこれです。

 

銃を突きつけられて “Don’t move!” と言われた場合、 “Yes” と答えたら撃たれます。これは “Yes, I will.” ということで、「いや、動く」という意味になってしまうからです。撃たれたくなければ、 “No” つまり “No, I won’t.” (はい、動きません)と答えないといけません。

 

モリーは、シャーロックに「冗談はやめろ」といわれたので、「ええ、もう言わないわ」と答えているのです。

 

先ほど説明した否定疑問文の場合と同様、モリーのセリフの “No” も、意味としては「いいえ」ではなく「はい」です。つまりシャーロックの言う “Don’t make jokes.” を承認する発言なのです。このように、否定形で命令された場合、相手の言うことに従うつもりなら “No” と答えなければならないことになります。

 

ところで、上のようにコメントしたところ、Yさんからこんなリプライをもらいました。

 

銃を突きつけられて、そんなこと言われたら、とっさに反応する自信ないので、ボディーランゲージにしときます・・・

 

You’ve got a point there!!

(N. Hishida)

 

【引用文献】

“A Scandal in Belgravia,” written by Steven Moffat and directed by Paul McGuigan, first broadcast on 1 January 2012.Sherlock. series 2. London: BBC.

「SHERLOCKで英語 ベルグレービアの醜聞: 12 Christmas」、『キカクブ日誌』

  (http://blog.goo.ne.jp/travel_diary/e/48984ea967aea6b9d055de0c84ddfd4a#comment-list