【えいごコラム31】 Wings to Fly

 

えいごコラム(31)

 

Wings to Fly

 

息子が、学校で「翼をください」を英語で歌うことになったといって歌詞カードをもらってきました。英語タイトルは “Wings to Fly” (飛ぶための翼)だそうです。

 

見るとけっこう難しい表現も並んでいます。一緒に辞書を引きながらゆっくり読んでいったのですが、そのうち息子が「日本語の歌詞にないことがすいぶん書いてあるねぇ」と言いだしました。

 

たしかにそうなのです。たとえば繰り返し部分の「悲しみのない自由な空へ」は、英語では次のようになっています。

 

No more sadness no more pain

No more anger no more hate

(もはや悲しみもなく、苦しみもなく、

怒りもなく、憎しみもない)

 

これは内容的にも、音の響きからいっても良い訳だと思います。でも、もとの詞では「悲しみのない」と述べられているだけなのに、なぜ「苦しみ」、「怒り」、「憎しみ」というそれ以外のことがらがつけ加えられているのでしょうか。

 

これは、日本語と英語の「音節( syllable )」の違いに関係があります。音節とは母音と子音の組み合わせからなる音のまとまりのことです。ある英単語がいくつの音節からできているかは辞書を引けばすぐ分かります。

 

cute (1音節)

pret-ty (2音節)

beau-ti-ful (3音節)

 

このように、辞書では見出し語が音節ごとに区切って表記されています。それを見ていくと気づくのは、英語では1音節の単語が思いのほか多いということです。上に引用した歌詞でも、sad-ness an-ger だけが2音節で、他はすべて1音節です。

 

一方日本語では、仮名の1文字は子音1つと母音1つ、もしくは母音1つだけで構成されており、例外なく1文字1音節です。そして、助詞は「が」、「に」のように1音節のものが多いですし、名詞にも「木(き)」、「田(た)」など1音節の単語がけっこうありますが、それ以外では1音節で1単語ということがほとんどないのはお分かりと思います。このため日本語表現には通常、英語よりかなり多くの音節が必要です。極端な例を出せば、「ストライク」は日本語なら5音節になりますが、英語の strike は1音節です。

 

リズムやテンポにもよりますが、1小節のメロディーに乗せられる音節の数はおのずと限られます。上の歌詞でいうと、「かなしみのない」が7音節、「じゆうなそらへ」が7音節です。そして対応する英語の歌詞を見ると “No more sadness no more pain” が7音節、 “No more anger no more hate” が7音節。英語と日本語の音節の数はぴったり一致しています。ところが、単語数ではそれぞれ日本語の方が3語、英語は6語です。

 

このように、同じメロディーに乗せられる情報量は、ふつう英語のほうがずっと多いのです。そのため日本語の歌を英訳しようとすると、どうしてももとの歌詞にない情報をいろいろつけ加える必要が出てくるわけです。

 

翻訳という作業において、原文がもっている情報をさまざまな事情で割愛せざるを得ないのはよくあることで、このコラムでもこれまでにそういう例を見てきました。しかし逆に、情報をつけ加えないといけない、ということを前提とした翻訳ではどのような問題が生じ、いかなるスキルや感性が求められるのか・・・翻訳研究をかじっている者としてはたいへん興味があります。これまでやったことがなかったのですが、日本語歌詞の英訳をいろいろ調べてみたら面白いかもしれません。

(N. Hishida)