【えいごコラム30】 英語も省略する

 

えいごコラム(30)

 

英語も省略する

 

前回までは、日本語には省略による簡潔な表現が多いという話をしてきました。しかし、むろん英語に省略がないわけではありません。ただそのやり方はちょっと違います。日本語が「言わなくても分かる」部分を感覚的に省略するのに対し、英語では省略できる、あるいは省略すべき部分について一定のルールがあります。

 

英語の特徴のひとつは、「同じ表現をくり返す」のをひどく嫌うことです。たとえば次の会話を見てください。

 

A: “Are you going to the party tomorrow?”

B: “I wish I could.”

 

B の “could” の後には “go to the party tomorrow” が省略されていると考えられます。日本語のやりとりなら、おそらく「パーティーに行く?」「行けたらいいんだけど」のように「行く」という動詞をくり返すでしょう。しかし英語は、動詞およびそれが導く語句がくり返されることをできるだけ避けようとします。そこで could を「代動詞」として使い、 “go to the party tomorrow” の部分を含めて表現させるのです。

 

このように、英語で省略が起きるのは語句のくり返しを避けるためです。つまり、何が省略されているかを知りたければ、直前のどの語句がそこでくり返されるはずであるか、と考えればいいわけです。英語の省略にはこうやって「理屈」で判断しなければならないところがあって、そこがときどき日本人の英語学習者にとってネックになります。ひとつ例を挙げましょう。

 

アーシュラ・K・ル=グウィンによる、ゲドという名の魔法使いを主人公とする一連のファンタジー作品があります。第3作『さいはての島へ』(The Farthest Shore, 1972)では、大賢人(Archmage)となったゲドが、アレンという若者をつれて、各地で魔法のはたらきに乱れが生じている原因を探る旅に出ます。彼らはホート・タウンという港町を訪れますが、町全体に倦怠と退廃が広がっており、歩き回るうちにアレンはすっかり嫌気がさしてしまいます。その場面の2人のやりとりを引用します。

 

Next moment he missed his step on the worn, slick stairs, slipped, recovering himself scraping his hands on the stones. ‘Oh curse this filthy town!’ he broke out in rage. And the mage replied dryly, ‘No need to, I think.’ (p. 346)

 

アレンはすり減った階段でつまずいて手をすりむき、思わず悪態をつきます。 “curse ~” は、「ちくしょう、~め」というような、よくある罵り文句です。しかしそれに対するゲドの “No need to” という返答をどう解釈したらいいのでしょうか。ちなみに、邦訳ではここはあっさり「まあ、そう言うな」(p. 88)となっています。

 

curse は本来「~を呪う」という他動詞です。 “curse this filthy town” は、文字どおりにとれば、「この汚らしい町を呪え」という命令文なのです。ゲドのセリフにある省略は、この語句をくり返すことを避けるために行われているはずですから、逆にいえば省略部分にはこの語句が入るはずです。したがって、ゲドのセリフを省略なしに書けば、“No need to curse this filthy town.” となるわけです。

 

これをなるべく直訳すると、「この汚らしい町を呪う必要はない」となります。つまりゲドは、この町はとっくに呪われているのであって、いまさらあらためて呪う必要はない、と述べているのです。

 

アレンの発言に対するゲドの切り返しの妙、そしてそこにこめられた彼自身の心情を読みとるには、いったん立ち止まって「 to の後に何が省略されてるんだ?アレンの言ってるのがこうだから・・・」と理詰めで考えなくてはなりません。これは、「迎えに行くよ」という発話を聞いて“状況”から「私があなたを駅へ迎えに行く」ことだと判断するような、日本語の省略を理解するやり方とは本質的に違います。英語を理解するということは、言葉のロジックをつねに追いながら判断することを要求されるということなのです。

 

ぽっかりあいている省略の「穴」に足をとられないように歩く・・・英語をある程度読み慣れると、これはなかなか楽しいものです。たまにアレンのように悪態をつきたくなりますがね。

(N. Hishida)

 

【引用文献】

Le Guin, Ursula. The Earthsea Quartet. London: Penguin, 1993.

ル=グウィン、『さいはての島へ』、清水真砂子訳、岩波書店、1977年