【えいごコラム号外18】 極度乾燥・・・?

 

えいごコラムExtra

 

極度乾燥・・・?

 

海外研修のことでお世話になっている旅行代理店のNさんが、先日大学にいらしたとき面白い話をしてくれました。いまロンドンのファッションシーンで最も注目されているブランドは “Superdry.” というんだそうです。これだけでも「えっ」と思いますが、なんとそのブランドロゴには「極度乾燥(しなさい)」と日本語で付記されているんだとか。

 

ネットで画像を探してみました。ブランドロゴに日本語が入っているだけでなく、Tシャツなどにも「東京はえ精神」やら「 TOKYO  最高の EAGLES 」やら、日本語まじりのロゴがむやみにちりばめられています。おそらく英語表現を「機械翻訳」にかけて、出てきた日本語をそのままロゴに使っているのでしょう。言っときますがれっきとした英国のブランドです

 

これは一見、海外でよく見かける「変な日本語」の一例にすぎないように思われます。しかし、このブランドのクリエーターがこれを意図的にやっているのは明らかです。彼らがよりによって Superdry という語をブランド名に使っているからです。じつはこれは、「はえ精神」ほどじゃありませんが、ちょっと奇妙な和製英語のひとつなのです。

 

彼らがこの語を日本のビールの商品名から採っていることは言うまでもないでしょう。そのロゴを見ると、「 SUPER “DRY” 」と super を1単語のように扱っています。しかし super  は本来、 supervisor (監督者)、 supernatural (超自然の)などの語を作る「接頭辞」で、「上位・超過・余分」などの意味を表します。口語的には super だけで使われることもありますが、本当は単語ではないのです。 Superdry. という形で super を接頭辞として使っているこのブランド名は、したがって、英語としてより「正確」な用法ということになります。

 

さらに、 dry はふつう形容詞です。 super がそれを修飾する語なら副詞ということになります。しかし、「副詞+形容詞」が商品名になっているというのは、どうも違和感があるのです。たとえば “Very Hot” (とても熱い)という名前のカップラーメンがあったらどうでしょう。それと似た感じといったら分かってもらえるでしょうか。

 

他の可能性として、dry を「乾燥する」という意味の動詞にとるというのがあります。しかし super  は副詞として使われる場合でも「副修飾語」、すなわち very と同じく形容詞や副詞しか修飾しない副詞なので、動詞の dry  を修飾することはできません。けっきょく、 super dry を別の語として見ているかぎり、この表現は説明しきれないのです。superdry を1語にして、「極度に乾燥する」という意味の動詞だとでも考えるしかありません。それなら “Superdry.” で「極度に乾燥しなさい」という命令文になります。

 

私は、このブランドが Superdry. とロゴの最後にピリオドをつけているのは、この言い方は命令文とでも解釈しないと意味が通らないよ、という皮肉をこめてのことじゃないかと思っています。たぶん彼らが機械翻訳に “super dry” と入れたら、機械が dry を動詞にとって「極度乾燥しなさい」という日本語を出してきたのでしょう。

 

ようするに、「Superdry.極度乾燥(しなさい)」というブランド名は、勘違いした英国人の「変な日本語」ではなく、逆に、多くの日本人が疑問を持たずに接している「SUPER “DRY”」という「英語」表現の奇妙さをおちょくったものだと思うのです。

 

グローバル化社会の中で言語情報が超高速でやりとりされるにつれ、同じ日本語、同じ英語を使っていても、その使い方やニュアンスが少しずつずれていく、という状況がますます加速しつつあります。たとえば英国人が日本語の形容詞を用いて愛犬に「カワイイ」という名をつけるようなことは普通に起こりますし、それはべつに悪いことではありません。

 

そして、人の手ではなく機械による翻訳が、その状況に拍車をかけます。機械翻訳がなければけっして存在しなかったであろう、人の想像を越えた奇妙な英語、怪奇な日本語が世の中に蔓延していきます。それらの「機械語」はやがて私たちのナチュラルな言語運用にも影響を及ぼしていくでしょう。

 

そういった「状況」そのものをブランドイメージとして取り込んだこの「Superdry. 極度乾燥(しなさい)」は、今日のロンドンから世界へ発信されるにまさにふさわしいものですね。(着てみたいとは思いませんが)ぜひいちど現物を見てみたいです。

 

・・・それにしても、どんな英語表現を機械翻訳にかけたら「はえ精神」になるんでしょう。 “flying spirits” ? まさかね~。このあいだから首をひねってるんですが、どうも思い当たりません。そこは今後のコラムへの宿題ということで。

(N. Hishida)

 

【参考資料】

「Superdry.極度乾燥(しなさい)」公式ウェブサイト

http://www.superdry.com/